【ぶんぶんコラム#01】通りすがりの野球好きが、ゼルビアファンになったワケ

 私は厄年まっさかりのおっさんです。この世代は「親の代から町田」という人は少ないと思います。私自身転居してきて義務教育と中等教育はここで受けましたが、町田という街は当時雑然とした典型的衛星都市であって「ここにしかないモノ」が存在せず、愛着もそんなに無かったので、進学で家を出たのを機にそのまま20年近く帰りませんでした。

ゼルビアとの出会い

 ところが人生って奴は…ということで町田に出戻り転職。2009年初春の事です。転職活動時には千葉か埼玉で仕事を決めたかったというくらいの某野球チーム好きなのですが、たまたま野津田公園に散歩に出かけたら「JFL FC町田ゼルビア試合会場」の看板が。

 日本代表を含めサッカーにはまったく興味は無かったものの、転職先にサッカーファンがいたことや、当時町田駅コンコースに掲げていた「2011年Jリーグ昇格を目指します」の垂幕を見ていたので地元のチームとはどんなもんだろ?と観戦したのが最初の出会いです。(調べたら第2節ニューウェーブ北九州戦(※=現J2ギラヴァンツ北九州)で0-2の敗戦でした)

ゼルビアが気になりだす

 正直素人目にも分かる粗いサッカーでしたし、メインスタンド以外は芝生席で、いまとは応援サイドが逆なのですけど、北九州側は数人で町田側だってゴル裏(=ゴール裏:詳しくはこちら)に50人も居なかったと思います。公式記録をみると1,713人入っているのですけどね。

 でも「ああ、地元のチームっていいな」と思ったのです。80年代初頭にキャプ翼ブームがあったけれど、当時の各小学校にサッカーと野球チームが並立していたのは町田くらい(清水や浦和もそうだったかもしれませんが)、Jリーガー輩出元のひとつだということも知識としては知っていましたが、それ以上は全く知らなかった。ちょうど地元に腰を落ち着けようと考えていたから、地元にチームがあることは新鮮だったし家族連れがのんびり観戦できる雰囲気も好印象でした。

 そこでゼルビアとペスカドーラの会員に入会しました。ゼルビアのすきまちカード一体型会員証が地元密着感を更にかき立ててくれた事を思い出します。

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ゼルビアの応援姿勢に共感する

 そうは言っても野球観戦中心のスケジュールを組んでいたので、2009年は全部で3試合しか観ていません。J昇格の可能性が取りざたされ、相馬さんが監督になった2010年も数試合。でもお客さんが増えているしゴル裏も確実に増えている。いちどゴル裏にお邪魔してみたら一見さんお断りではなく、ウエルカムな良い雰囲気で、ああこれはいいと。

 何が良いかというと”cheer”-声援を送る姿勢。ブーイングについては叱咤激励ならまだしもJ1某試合観戦時に(必要以上の威嚇-執拗過ぎる抗議-単なる自己満足としての罵声-相手や審判どころか味方にもリスペクトしているの?)というレベルのヤジや近くにいた観戦者マナーの酷さに辟易した経験から、コアサポーター=面倒な奴。という私の偏見をゼルビアファンは見事にひっくり返してくれました。

 観客層も家族連れ・年配の方・子供など幅広く、応援風景は殺伐とはほど遠い「勝ち負けだけでなく、応援しよう」という雰囲気が自分の応援する野球チームのカラーとシンクロしたこともあって、結果的にJ資格申請見送りという事件こそあれ、2011年は観戦メインをサッカーに切り替えようと決めたのです。

ゴル裏応援とバックスタンド観戦それぞれの楽しみ方を知る(1)

moblog_1cd2744d ポポヴィッチ時代には攻撃的パスサッカーが浸透し(…ああ、観戦当初はオフサイドすら知らなかったのに)魅力的なチームに仕上がりました。J2昇格も現実的になり観客数もコンスタントに3,000人超えゴル裏応援人数も増えました。

(以下続く)

著者 ぶんぶん(@bun_buns

先日Amazonベストレビュアー1,000位以内に到達し、喜びを隠せない小市民。
最近の野津田生息場所は電光掲示板周辺。
「信濃の国」は歌えるのに「町田市歌」を覚えられないのが目下の悩み。


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